正月に稼ぎに出るエビスサマとエビス講
どんな伝承か
エビス・大黒は素焼きの像を二体飾る。長砂ではかつて神棚に飾ったが、現在はカマド神様と一緒に祀っている。神体は水戸あたりで作っているらしく、毎年那珂湊で開かれる暮市に買いにいった。毎年一月一五日には羽織を着た者が来て、一円のものを縁起ことばで一万両といって売った。金のありそうな家では、そっと風呂敷にしまって倉の左の隅に置き、誰にもいわなければ財産が増えるといって売っていったという。正月二〇日と一〇月二〇日の両日がエビス講で、エビスサマは正月は稼ぎに出かけ、一〇月には帰ってくると伝えている。長砂では正月は朝祝い、一〇月は夜祝いをし、頭付きの生魚(掛魚)とお神酒をあげ、左右を逆にした横膳であげた。
原典より
エビスサマは正月は稼ぎに出かけ、一〇月には帰ってくると伝えている。—— 勝田市史 民俗編――小祠の信仰と流行神(勝田市(編)・勝田市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
勝田市史 民俗編――小祠の信仰と流行神(勝田市(編)・勝田市史)
『勝田市史 民俗編――小祠の信仰と流行神』は、勝田市の市史の民俗編のうち、「信仰生活」の部の一部である。鎮守祭礼の移り変わりに続いて、屋敷神や同姓の家々で祀るウジガミと系図祭り、カマド神やエビス・大黒などの屋内の神々、病気や安産の祈願を集める小祠を、市域のムラでの調査と聞き取りによって記す。後半では流行神として上高場の六地蔵、腹切り佐七、塚信仰、東石川大島の無縁様を取り上げ、その由来と信仰の広がりをたどる。