夢枕で帰りたいと告げた弁財天
どんな伝承か
高尾の厳島神社の御神体である弁財天には、久仏グルワに伝わる話がある。文明五年、大宮の氷川社から男体社を分けて、当時楓が丘にあった弁天社と合わせて祀った。元禄十四年、龍灯杉が大風で倒れ、根を掘った跡の池に島を築いて厳島社ができると、この弁財天が御神体とされた。その後いきさつは不明ながら、弁財天は江戸神田新銀町の中島屋久四郎の手に渡っていた。宝暦六年九月、弘法大師作と伝わるこの弁財天が三晩続けて久四郎の夢枕に立ち、北へ十里の楓が丘に帰りたいと告げた。久四郎は紅葉を詠んだ古歌を思い出して各地を訪ね、高尾村の楓が丘にたどり着き、弁財天は再び厳島社に祀られたという。
原典より
宝暦六年(一七五六年)九月、この弘法大師作といわれる弁財天は三晩夢枕に立ち、久四郎に「これより北十里の楓が丘に帰りたい」と言う言葉を告げた。—— 北本市史 第6巻(民俗編)――伝説(北本市(編)・北本市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
北本市史 第6巻(民俗編)――伝説(北本市(編)・北本市史)
『北本市史 第6巻(民俗編)――伝説』は、北本市の市史民俗編のうち、第十一章「伝説・世間話・昔話・諺」の冒頭部分である。章の「はじめに」で四者の性格を説いたのち、第一節「伝説」に蒲桜・龍灯杉・一夜堤や多くの塚の伝承、送りオオカミ・河童・禁忌動物、おたきあげ・十日夜の由来など四十二項目を収める。多くの項目は見出しに石戸宿・高尾などの伝承地を添え、話者名や「埼玉県伝説集成」などの出典を▽で示す。(197字)