傘をかぶせて逃がした如来さま
どんな伝承か
大佐野にある大佐野橋と、その近くの森の小高い所は、それぞれ如来橋、如来塚と呼ばれている。織田信長が木曽川を渡って岐阜へ攻め入ったとき、この辺りも戦場になったという。大佐野の信心深い人々は、安楽寺の如来さまを寺から運び出し、ともに難を逃れようとした。その夜はひどい土砂降りで、人々は背負った如来さまが濡れないよう傘をかぶせて寺を出た。ところが大佐野橋のあたりで織田方の兵がやって来たため、慌てて森の小高い所へ逃げ込み、どうにか助かった。それ以来、この橋と森を如来橋、如来塚と呼ぶようになり、すげ傘如来の話として語られている。
原典より
その夜はどしゃぶりの雨で、人々は背負った如来さまに傘をかぶせ、ぬれないように寺を出たのですが、大佐野橋の辺りまで来ると織田方の兵達が来るではありませんか。—— 各務原市史 民俗編――地名伝説(各務原市(編)・各務原市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
各務原市史 民俗編――地名伝説(各務原市(編)・各務原市史)
『各務原市史 民俗編――地名伝説』は、各務原市が編んだ市史の民俗編のうち、地名伝説を述べた部分である。小字や俗称の起こりを語る話を、那加・稲羽・鵜沼・蘇原の四地区ごとに集め、浜見塚、与三郎池、甚六屋敷、片葉屋敷、金縄塚、嫁ふり坂、立岩と二つ岩、火の玉橋などを取り上げる。民話の語りを「」で引いたうえで、話の要素や他地方の類話、その土地の今の姿を書き添える。