狐塚
どんな伝承か
昔このあたりは一面の藪であったが、だんだん世が開けて狐の居る所がなくなってしまった。行き場を失った狐が一ところに集まってしまい、「俺らは行くところがない、弱った」というようなことになった。それが祟っては困るというので、狐塚を建てて祭ったのだという。向原に伝わる狐塚の由来で、話者は舟久保敏男(明治四〇年生)、報告書では水の伝説のうち塚の伝説に分類されている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
向原の民俗 上――昔話・伝説・怪異(民俗調査報告 第9号・第10号・民俗調査報告)
『向原の民俗 上――昔話・伝説・怪異』は、民俗調査報告の第九号・第十号にあたる向原の民俗誌の上巻から、「IX 口承文芸」の章を収めたものである。昭和五十六年から五十七年にかけて向原の話者から聞き書きした昔話十一話、伝説二十四話、天狗や狐、河童、ヒトダマをめぐる世間話二十七話のほか、富士山にまつわる諺と方言を収める。各節の初めに題名・分類・話者の生年・採集日を記した分類表を置き、話は土地の言葉のまま書き起こして話者名を添える。