帰りたがって祟った千日様の石碑
どんな伝承か
昔、干魃が続いて福和田村の人たちが困っていた時、村内の千手院の坊さんが雨乞いの祈祷を千日間したという。それを記念して千日供養の石の碑を造立し、村の人は坊さんに感謝した。この石碑を千日様といい、祈祷したところを千日前と呼んだ。その後、この千日様を隣り村の助谷の若衆がかついで持って行ってしまったが、その石を置いておいた家に間がさし、祈祷師にみてもらったところ、千日様が福和田のもとの所に帰りたいので祟っているといわれた。そこで助谷では千日様を福和田に返しに来たという。それから福和田でも年に一回この千日様の祭りをすることになったという。
原典より
その後に至り、この千日様を隣り村の助谷の若衆がかついで持っていってしまったが、その石を置いておいた家に間がさし(不吉なことが起る)、…—— 壬生町史 民俗編――伝説(壬生町(編)・壬生町史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
壬生町史 民俗編――伝説(壬生町(編)・壬生町史)
『壬生町史 民俗編――伝説』は、壬生町史民俗編のうち昔話と伝説の章を収めたものである。町史編さんの調査で町内の古老から集めた昔話を方言を生かして再話し、話者名を添えて動物昔話・完形昔話・笑い話・世間話に分けて並べる。伝説は吉次の墓・親抱きの松・大御堂などを動植物・歴史上の人物・塚と渕・神仏・地名に分け、地元の伝承に『郷土誌』『壬生領史略』などの文献からの引用を交えて載せ、一部の話に解説を付す。