龍宮の霊玉で雨を祈る喜右衛門
どんな伝承か
筑後山門郡上宮永に、天質順良な喜右衛門という一漁夫があった。その家には竜宮世界から感得したという一つの霊玉が保存され、家は代々「竜宮喜右衛門」で知られていた。柳河が旱魃に見舞われると、藩から喜右衛門に命が下り、斎戒沐浴して竜神に雨を請わせた。藩命があると喜右衛門は、伝来の家宝である霊玉を水に浸し、紙で包んで首に掛け、矢留村の早川竜宮社に参籠断食して雨を祈るのを恒例とした。その際は各村から鉦や太鼓を打ち鳴らし、風流(浮立)をなして昼夜交代で参詣した。夜は数千の松明が数十町にも連なることがあり、鉦鼓の音は遠近に響き渡って、その行装もまた一つの異観であったが、明治になってから廃せられたという。
原典より
藩命があるこ喜右衛門は傳來の家寶である靈玉を水に浸し紙をもつて之を包み頸にかけて矢留村の早川龍宮社に參籠斷食して雨を祈るのを恒例こした。—— 炉辺叢書 筑紫野民譚集(及川儀右衛門・1923年(大正12年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
炉辺叢書 筑紫野民譚集(及川儀右衛門・1923年(大正12年))
『炉辺叢書 筑紫野民譚集』は、及川儀右衛門が筑紫野で暮らした二年ほどの間に、土地の故老や下宿の老婆から聞いた話、教え子が書き送ってきた物語を文献とも照らしてまとめた民譚集である。筑後を中心に筑前・肥前・肥後・豊前・豊後の河童、怪火、長者の話、神事と歌舞、山と水の伝奇、狐狸や幽霊の怪異を六篇に分けて収め、多くの話に古記録を引いた〔註〕を添える。序の日付は大正十二年六月である。