子を思ふ父の幽靈
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どんな伝承か
東京の土佐派の画工・川邊御楯は、もと柳川藩の人であった。御維新前のこと、柳川藩士の松尾某は外国船警衛の組頭となって長崎港へ出張していた。松尾には愚昧な一人息子があり、これを常に案じていた。ある夜、家老の立花氏と瀬原氏の枕辺に同時に松尾が現れ、根元に坐して、心頼みできる子がおらぬので何分よろしく頼むと告げて去った。翌朝二人が語り合うと、松尾は長崎へ出張中で来られるはずがない。後に届いた書状で、松尾はその夜、同じ日同じ刻限に死んでいたと知れた。子を思う父の幽霊が寄ったのだろうと合点したという。
原典より
東京に土佐派の画工ありと知られし川邊御楯といふは、元柳川藩の人なり、此人の話なりとて八木彫先生より又聞きしたる幽霊談あり、頃は御維新前の事なりしが、柳川藩士に松尾某なる者あり、外國船警衛の為め之が組頭となり、長崎港へ出張…—— 幽霊は語る(梶天真・幽霊研究・大正〜昭和(戦前)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
幽霊は語る(梶天真・幽霊研究・大正〜昭和(戦前))
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