重陽の約束に来た義兄の霊
どんな伝承か
播磨の加古川に住む儒者・丈部左門は、病に苦しんでいた東国からの旅人を助けて回復させた。旅人は出雲松江の兵学者・赤穴宗右衛門といい、尼子経久に滅ぼされた富田城主塩谷掃部介の軍師であったという。二人は義兄弟の契りを結び、赤穴はいったん雲州に帰るが、九月九日の重陽の節句には必ず戻ると約束する。当日の夜更け、左門の前に赤穴が現れ、経久に城内へ留め置かれて戻れなくなったため、魂は一日千里を行くという言葉どおり自ら命を絶って霊となり約束を果たしに来たと告げ、母によろしく伝えてくれと言い残して姿を消したという。
原典より
最早來ぬものかと諦めつゝも、更け行かんとする月面を眺めてゐる前に宗右衛門は煙の如く現はれ出でた—— 幽霊は語る(梶天真・1938年(昭和13年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
幽霊は語る(梶天真・1938年(昭和13年))
『幽霊は語る』は、梶天真が編んだ幽霊譚と幽霊論の集成で、昭和十三年に文明社から出た。新聞・雑誌の記事や井上円了・柳田國男・高峰博らの所説、古典の文を出典を添えて引き、葬送の習俗や布哇の霊魂観から説く幽霊思想、幻覚や網膜による説明、乃木大将が見た我が子の幽霊などの実話を集める。三篇に分かれ、第二篇は男女の幽霊・怨霊・生霊・小児の見た幽霊・前知らせなど八項、第三篇は幽霊写真・化物屋敷・霊界通信を扱い、巻末を夕張と筑前の幽霊問答で結ぶ。