内郷村の空葬と竹串
どんな伝承か
著者らが内郷村に十日ほど滞在していた間に、軍艦河内の殉難者の空葬が営まれた。葬儀は喪家の外庭で行われ、墓には芝をわずかに盛って竹を一本立て、その頭に小さな札を打ち付けてあったが、意味は聞き出せなかった。後日その家の前を通ると、芝の下の土に、七、八寸の竹の先へ紙を挟んだ串が何本も挿されていた。同じ串は前の月に葬式を出した家の門口にも、通学路の脇にも十数本立っていた。わけを尋ねると、死者の近親が野辺送りの帰りに挿していくものだという。
原典より
後日に此の家の前を通って見ると、その芝の下の土へ、長さ七八寸の竹の先に印紙を挿し挑んだのが、いくらも挿してある。—— 幽霊は語る(梶天真・1938年(昭和13年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
幽霊は語る(梶天真・1938年(昭和13年))
『幽霊は語る』は、梶天真が編んだ幽霊譚と幽霊論の集成で、昭和十三年に文明社から出た。新聞・雑誌の記事や井上円了・柳田國男・高峰博らの所説、古典の文を出典を添えて引き、葬送の習俗や布哇の霊魂観から説く幽霊思想、幻覚や網膜による説明、乃木大将が見た我が子の幽霊などの実話を集める。三篇に分かれ、第二篇は男女の幽霊・怨霊・生霊・小児の見た幽霊・前知らせなど八項、第三篇は幽霊写真・化物屋敷・霊界通信を扱い、巻末を夕張と筑前の幽霊問答で結ぶ。