桜の木に溶けた軍服姿の義兄
どんな伝承か
昭和二十年ごろ、淵野辺の陸軍の学校で学んでいた回答者は、ある日の非常呼集で兵舎の入口の歩哨に立たされた。ふと庭を見ると、軍服を着た義兄が現れ、にこやかにこちらへ歩いてくる。なぜ義兄がここにと駆け寄ろうとしたが、体がこわばって一歩も動けない。義兄はそのまま近くの桜の木のほうへ進み、木と重なり合うようにしてひとつになってしまった。首をかしげていると、その日は沖縄の守備隊が玉砕した日で、義兄はまさにその沖縄で戦死していた。義兄は自分の死を知らせに来たのだと、回答者は語っている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
現代民話考 ― 軍隊(松谷みよ子・民話・口承文芸)
『現代民話考 ― 軍隊』は、松谷みよ子が編んだ、軍隊と戦争をめぐる現代の民話の集成である。日本民話の会の雑誌『民話の手帖』での呼びかけやアンケート、聞き書きによって寄せられた話をもとに、十五年戦争を中心に徴兵検査から新兵のしごき、戦地、虐殺や飢え、敗戦、収容所、戦犯、軍隊生活の怪談までを収める。巻頭に序文「明日の民話のために」と論考「軍隊考」を置き、十三の部に分けた各話の末に話者と回答者の名と在住地を記す。