関取を投げ飛ばした怪力男知柄山喜八
どんな伝承か
苗間の高野伊八の次男に喜八という男がいた。弘化三年の生まれで、明治の初めには知柄山というしこ名で草相撲をとっていた。あるとき村の薬師堂の境内に土俵をこしらえ、東京から本職の関取を招いて化粧回しのお披露目をした際、大柄な力士を投げ飛ばし、見物の人々から盛んな喝采を浴びたという。明治九年の川越地方の草相撲の番付では西の大関に名を連ねており、その強さがうかがえる。
原典より
そのおり、大型の力士を投げとばして見物人の大喝采を浴びたという。—— 大井町史 民俗編 より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
大井町史 民俗編
『大井町史 民俗編』は、大井町の町史民俗編のうち、第一節「伝説」を収めたものである。大井・亀久保・鶴ヶ岡・苗間などに伝わる地名の由来、力石や怪力男の話、大井弁天、織部塚、地蔵や薬師の縁起などを、『新編武蔵風土記稿』『大井村郷土史』『麦笛』『埼玉県伝説集成』などの文献と、土地の話者からの聞き書きによって記す。伝説の特徴を述べたのち、村・石・水・塚・祠堂・その他の部に分けて各話を並べ、話ごとに出典の書名か話者の名を添える。