染物職人政五郎と濡れ女・牛鬼
どんな伝承か
島根県の大田市に、政五郎という染物職人がいた。ある晩、海岸で釣りをしていると、あまりにたくさん魚が釣れて魚籠がいっぱいになった。帰ろうとすると、海の中から濡れ女が出てきて、赤ん坊を抱いてくれといった。思わず抱きかかえると、濡れ女は海の中へ入ってしまった。あわてて赤ん坊を捨て、逃げ出そうとすると、今度は海中から牛鬼が追いかけてきたので、近くの小屋に逃げ込んだ。牛鬼は小屋の周りをぐるぐる回り、「残念だ、残念だ」と叫びながら去った。そのとき聞いた牛鬼の声は女の声であったという。牛鬼は濡れ女、つまり死んだ妊婦の分身だとも、その正体は椿の古い根っこだともいわれる。濡れ女も牛鬼も渚に現れ、ほかの場所から出ることはない。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
妖怪の民俗学――日本の見えない空間(宮田登・宮田登・民俗学・1985年(昭和60年))
『妖怪の民俗学――日本の見えない空間』は、宮田登が一九八五年(昭和六十年)に著した、妖怪の現れる場所を論じた民俗学の書である。柳田国男と井上円了の妖怪論、幽霊と妖怪の違い、口裂け女と産女、皿屋敷、化物屋敷と下女、辻・橋・境の怪異、怪光と怪音、七不思議、通り悪魔と髪切りを、古文献や新聞記事、各地の伝承から読み解く。四章から成り、都市の空間に妖怪が現れる仕組みを軸に据える。