濡れ女の赤子を前掛けで受けた政五郎
どんな伝承か
いまから百十数年前、石見安濃郡太田町(現・大田市)に、立花屋という染物屋の職人で政五郎という男があった。釣り道楽で名高く、いつも二里ほど離れた大浦村の海岸へ夜釣りに通った。この地方には、よく釣れるときは濡れ女と牛鬼という妖怪が出るという言い伝えがある。その夜も磯釣りをしていると、いつもの数倍の獲物があった。気味が悪くなって帰ろうとしたとき、岩礁の多い海上を全身びしょ濡れの女が歩いてきて、赤子を抱いていてくれという。政五郎は前垂れで受け取った。女が海中へ消えると、赤子を前垂れごと投げ捨てて夢中で逃げた。後から牛鬼が蹄の音を轟かせて追いかけてきたが、農家に飛び込んで戸締りをして隠れると、牛鬼は家の周りをぐるぐる回り、取り逃がして残念と言いながら去ったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
河童・天狗・妖怪――民俗随筆(武田静澄・武田静澄・民俗随筆・1956年(昭和31年))
『河童・天狗・妖怪――民俗随筆』は、武田静澄が昭和三十一年に著した民俗随筆である。天狗と神かくし、河童、座敷わらし、山の神と山の妖怪、狐狸とつきもの、水辺や海の亡霊、死霊と御霊などをめぐる伝承を、『今昔物語』などの古典の説話と各地の民俗の事例から集めて語る。短い見出しを立てた小文を連ねる形をとり、神かくしにあう心理や幻覚、お化けの心理にも触れて、妖怪を信じる心のはたらきを考える。