塵輪鬼と牛鬼が島になった牛窓
どんな伝承か
岡山県邑久郡牛窓町の牛窓神社に伝わる牛鬼伝説。仲哀天皇が神功皇后をともない三韓遠征の船団を率いて牛窓に停泊した折、雷雨とともに頭が八つある怪物・塵輪鬼が黒雲に乗って襲いかかった。これを操るのは三韓の王子・唐琴で、帝は塵輪鬼を射落としたが自らも流れ矢に斃れ、皇后の矢を受けた唐琴も波間に没した。凱旋の帰途、船団が牛窓沖にさしかかると塵輪鬼の怨念が変じた牛鬼が海中から襲来したが、住吉明神の化身という老翁が現れて角を掴んで投げ倒した。この故事から当地は牛転と呼ばれ、訛って牛窓となったと伝わる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
妖怪伝説奇聞(東雅夫・2005年(平成17年))
『妖怪伝説奇聞』は、東雅夫が二〇〇五年に学習研究社から刊行した妖怪伝承地の探訪記である。稲生物怪録の木槌、クダン、牛鬼、塵輪、ナメラスジ、八幡の藪知らず、鬼の骨、蛇骨、鍋島の怪猫、児啼爺などを追い、中国・四国・九州ほか各地の寺社や旧家を訪ねて遺物と伝承を確かめる。月刊誌「ムー」の連載「日本伝説紀行」の十二章を三つのカラーグラビアで区切り、巻末に草双紙『鍋島猫騒動』の復刻を添える。