下総羽生村・累伝説の発端
どんな伝承か
累伝説の発端とされる話である。下総国羽生村の百姓四右衛門は、隣村の杉という娘を嫁に迎えた。杉には助という三歳の連れ子がいたが、片目・片手・片足が不自由だったため、四右衛門は助を嫌い、どこかへやってしまえと杉を責めたてた。思いあまった杉は、鬼怒川に通じる飯沼の木の茂みの中で、六歳になっていた助ののどをえぐって殺し、土橋の川に投げ込んだ。十七世紀中ごろの、すさんだ子殺しの事件であったという。
原典より
思い余った杉は鬼怒川に通じる飯沼の木の生い茂るなかで、自分の子どもの助の喉をえぐり、土橋の川に投げ込んで殺害した。—— 妖怪の民俗学――日本の見えない空間(宮田登・宮田登・民俗学・1985年(昭和60年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
妖怪の民俗学――日本の見えない空間(宮田登・宮田登・民俗学・1985年(昭和60年))
『妖怪の民俗学――日本の見えない空間』は、宮田登が一九八五年(昭和六十年)に著した、妖怪の現れる場所を論じた民俗学の書である。柳田国男と井上円了の妖怪論、幽霊と妖怪の違い、口裂け女と産女、皿屋敷、化物屋敷と下女、辻・橋・境の怪異、怪光と怪音、七不思議、通り悪魔と髪切りを、古文献や新聞記事、各地の伝承から読み解く。四章から成り、都市の空間に妖怪が現れる仕組みを軸に据える。