祐天上人が調伏した累の怨霊
どんな伝承か
下総国岡田の羽生村で、百姓与右衛門は後妻お杉の連れ子で醜い助を疎み、お杉は助を鬼怒川の淵に沈めた。翌年生まれた娘の累も醜く、両親の死後に婿入りした男は田畑目当ての縁組に嫌気がさして、羽生の横堀で累を淵へ突き落とした。そこは助が沈められたのと同じ場所だった。男は累を法蔵寺に葬って美しい後妻を迎えたが、後妻はやつれ死に、成長した娘の菊は累の生まれ変わりを名のって父をののしる。男は弘経寺の祐天上人にすがって怨霊を退け、出家して延宝四年に往生した。その淀みは今も黒が渕と呼ばれている。
原典より
「わたしは、あなたの手で殺された、累の生まれかわりだ。かならず、うらみをはらしてやるぞえ・・・・・・」—— 日本の妖怪伝説(小笠好恵・1966年(昭和41年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の妖怪伝説(小笠好恵・1966年(昭和41年))
『日本の妖怪伝説』は、小笠好恵が各地に伝わる奇談・怪談を読み物にまとめた伝説集で、序は昭和四十一年五月付である。浅茅が原の一つ家、四谷怪談、九尾の狐、安達が原の黒塚、道成寺、鍋島の化け猫など、岩手から熊本までの四十五話を、伝えられた形をなるべく崩さずに書き直し、おおむね東から西へ並べる。雨月物語や小泉八雲など書物に拠る話のほか近年の体験談も混じり、一部の話の末にはゆかりの寺社へ行く「順路」を付ける。