三つ又の竹に現れた大塚戸の一言主神
どんな伝承か
大塚戸の一言主神社は一言主神を祀り、大同四年のころの創建と伝える。縁起によれば、雄略天皇が葛城山で狩りをした折、天皇と同じ装束の者が現れ、悪事も善事も一言で言い放つ葛城の一言主神と名乗った。天皇が太刀や衣服を献じ、神が手を打って受けたのが拍手の起源だという。大同四年十一月十三日、この郷の西の宮内という所に夜ごと不思議な光が現れ、香りが漂って三つ又の竹が生えた。修験者に祈らせると、大和の葛城山の一言主神が東国の民の災いを救うために現れたとのお告げがあり、社殿を造って祀った。また昔、小林某が畑に生えた竹を抜き捨てたところ暴風に遭い、神前で祈ると以後境内の外に竹が生えなくなったと伝える。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
相馬伝説集(寺田喜久(狂花)・相馬郷土研究・1922年(大正11年))
『相馬伝説集』は、寺田狂花が著し、大正十一年二月の自序を付した下総相馬地方の伝説集である。北相馬郡の小文間・布川・取手・守谷などを中心に、平将門や一色宮内にまつわる伝承、寺社の縁起、城址や墓碑、相馬霊場の札所を記し、猿島郡・結城郡・東葛飾郡などの伝説にも及ぶ。巻頭に緒言と坂巻湖舟の序・自序を置き、「△」を付けた小項目を土地ごとに並べ、『相馬日記』『下総旧事考』などの記事を引き、相馬の俗信も書き留めている。