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正泉寺の手賀公の墓

所在地千葉県我孫子市都部(正泉寺)
年代寛永十七年
登場原筑前守胤親、原兵左衛門尉、原胤重、手賀城主・千葉家の族、正泉寺に葬られた者
出典相馬伝説集

どんな伝承か

手賀公の墓は正泉寺にある。手賀城主で千葉家の一族である原筑前守胤親の遠孫、原兵左衛門尉、同左馬助、同胤重の三氏を埋葬した所である。手賀公の墓は手賀城の南方十町の山林にもあるが、この三氏はこの寺に葬られたという。今はその墓に回向を捧げる者も少なく、墓色は寂寥として往時の盛事を偲ばせるばかりである。三氏の法号は寛永十七年九月廿六日の安本秀居士、延宝己未十月十二日の月桂高雲居士、寛永十八年辛巳歳八月七日の心月常円禅定門と刻まれている。手賀城の落城は天正十八年であるから落城の九十六年後にあたり、あるいは手賀公の子孫ではないかと編者は記す。

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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

相馬伝説集(寺田喜久(狂花)・相馬郷土研究・1922年(大正11年))

『相馬伝説集』は、寺田狂花が著し、大正十一年二月の自序を付した下総相馬地方の伝説集である。北相馬郡の小文間・布川・取手・守谷などを中心に、平将門や一色宮内にまつわる伝承、寺社の縁起、城址や墓碑、相馬霊場の札所を記し、猿島郡・結城郡・東葛飾郡などの伝説にも及ぶ。巻頭に緒言と坂巻湖舟の序・自序を置き、「△」を付けた小項目を土地ごとに並べ、『相馬日記』『下総旧事考』などの記事を引き、相馬の俗信も書き留めている。

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