私財で架けた弥左衛門橋
どんな伝承か
小野新町の駅と谷津作の馬場をつなぐ道に、幅二間ほどの橋が架かっている。今はコンクリート造りだが、もとは簡単な木の橋で、洪水のたびに流された。文久年間、谷津作でも指折りの大百姓だった先崎弥左衛門が私財を投じて橋を架け直し、行き来する人々は大いに助かったという。橋はその名をとって弥左衛門橋と呼ばれてきたが、近ごろ平舘橋と改められた。先崎家は酒造も営み、駅の北東の高台に屋敷を構えていたが、のちに大火に遭って没落し、跡取りは明治のはじめに平へ出たと伝えられる。話は谷津作の先崎光市から聞き取られた。
原典より
小野新町駅と谷津作の馬場に通ずる道に、幅二間ばかりの橋がかかっている。—— 小野町史 民俗編――伝説(小野町(編)・小野町史・自治体史(民俗)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
小野町史 民俗編――伝説(小野町(編)・小野町史・自治体史(民俗))
『小野町史 民俗編』第九章所収の伝説。福島県田村郡小野町に伝わる口承を採録する。