白蛇が渡り初めをした座頭橋
どんな伝承か
昔、西勝田村の山下に内平という盲目の男がいた。出水のたびに橋が落ちる災いを除こうと、鎮守の慈現明神の社に日夜こもって祈願した。満願の日、衣冠束帯の高貴な人が現れ、その志は殊勝だが存生中は成就しない、そなたの命の絶えた時に事業は成ると告げた。その年の秋の大雨で橋が落ち、渡河の半ばで内平は流されて姿を消し、衣類だけが上がったが、その裾から白蛇が這い出て鎮守をめざして行った。数年後の文政七、八年、養嗣子の弥兵衛が遺志を継いで雷神山下を埋め立て、橋を架けた。渡り初めの朝、目のない白蛇が欄干を幾度も渡ったので、内平の魂が化けたのだといい、橋を座頭橋と名づけた。
原典より
昔、西勝田村山下に内平という盲目がいた。—— 岩代町史 第4巻(岩代町) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
岩代町史 第4巻(岩代町)
『岩代町史 第4巻』は、岩代町の町史の一巻のうち、伝説を扱った第三節を収めたものである。片葉のヨシ、おつる池、鐙が淵のカッパ、座頭橋、狐狸と猫が踊った踊壇など、東新殿・田沢・西勝田・百目木ほか町内各地の地名の由来や、源義経・八幡太郎義家・伊達政宗にまつわる伝説を集める。冒頭で伝説の特色と三分類を述べ、続いて一話ごとに地区名を添えた小見出しを立て、話者名や『小浜町郷土読本』などの出典を記す。