岩屋の人骨と安達が原の鬼婆
どんな伝承か
福島県二本松市の安達が原には鬼婆の伝説が伝わる。岩屋に住む老婆は通りかかった旅人をもてなすふりをして殺し、その肉を食べていたという。ある日、一夜の宿を乞うた僧侶に、鬼婆は奥の部屋だけは覗くなと言い置いた。禁を破って覗いた僧侶は、天井に届くばかりに積み上げられた人骨を見て逃げ出す。出刃包丁を手に追ってきた鬼婆に、僧侶は観音像を取り出して経を読み、鬼婆が近づけずにいるうちに朝日が昇り、鬼婆は光にやられて死んだ。いま観世寺の境内に鬼婆が住んだという岩屋があり、近くには鬼婆を葬った黒塚が残る。
原典より
安達が原の岩屋に住み、通りかかった旅人を、もてなすふりをして、殺しては食べるという。—— 西郊民俗126号 怪異雑考3-鬼婆(高橋敏弘・西郊民俗) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
西郊民俗126号 怪異雑考3-鬼婆(高橋敏弘・西郊民俗)
『西郊民俗126号 怪異雑考3-鬼婆』は、高橋敏弘が西郊民俗の第一二六号に寄せた論考である。秋田の「ばばあ」、安達が原の鬼婆、新潟の弥三郎ばばを各地の鬼婆の例に挙げ、数年前に小中学生の間に広まった口裂け女の噂を、東京や各地の聞き取り例で現代の鬼婆として並べる。「鬼婆について」「裂け女(現代の鬼婆)」「恐怖とイメージ」の三節からなり、終節ではラブクラフトの言葉を引いて、怖いものを見聞きしたい心理が伝承を支えると論じる。