小治郎の地名と塚
どんな伝承か
小野四倉線の県道が新町に入るところに、小治郎という部落がある。この一帯は古く湯ヶ原といい、大字谷津作に属している。もとの磐城街道は東手の山際の高いところを通る細道で、県道を含む一帯はひどい湿地であった。戊辰の役のとき、平から進軍してきた小治郎という官軍の隊長がこの湿地にはまって戦死したと伝えられ、その名が字名になったという。道筋に面した郡司家の裏山には「大覚本空居士」と刻まれた石碑があり、右側に小さく小治郎塔と記されている。今も同家で供養している。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
小野町史 民俗編――伝説(小野町(編)・小野町史・自治体史(民俗))
『小野町史 民俗編』第九章所収の伝説。福島県田村郡小野町に伝わる口承を採録する。