墓石に隠れて戦った御一新
どんな伝承か
御一新の戦のとき、官軍が攻めて来るというので、この辺の人は牛や馬に米や味噌、鍋釜や位牌までも積んで、みな山へ逃げて行った。逃げ遅れた者は青田の中を這って逃げた。官軍の兵は大きな大砲を引き、錦の布を肩にひらつかせ、太鼓や笛の音を夏空に響かせながら南の方から攻め込んできた。語り手の父は野上から婿に来た人で、舅に悪い刀を与えられて戦に出たといい、後々まで婿には行くものでないと言っていた。戦は小良ヶ浜の墓石に隠れたり、大きな木を背にして戦ったという。この辺の若い百姓は兵糧や弾丸を運ぶために相馬藩に駆り出され、大河原近くの調練原で調練を受け、広野近くの岩沢あたりまで行って戦ったという。
原典より
御一新の戦のとき、官軍が攻めて来るというので、この辺の人は牛や馬に、米、味噌、鍋、釜や位牌までも積んで、みな山に逃げて行った。—— 富岡町史 第3巻(考古・民俗編)――昔話と伝説(富岡町(編)・富岡町史・自治体史(民俗)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
富岡町史 第3巻(考古・民俗編)――昔話と伝説(富岡町(編)・富岡町史・自治体史(民俗))
『富岡町史 第3巻(考古・民俗編)』第九章所収の昔話と伝説。福島県双葉郡富岡町(震災前)に伝わる口承を採録する。