持ち主に病を招く獄門田
どんな伝承か
太田街道のバス停「谷河原入口」の近くには、昔、処刑場があった。多くの罪人がここで処刑され、その跡は塚になっていたが、開墾が進むにつれて塚は崩され田になった。するとその田を持った家には必ず病人が出たという。田は次々と人手に渡って持ち主が定まらず、人々はこれを「獄門田」と呼んで語り伝えたという。
原典より
この田んぼの持ち主の家には必ず病人が出たという。—— 常陸太田市史 民俗編――伝説(常陸太田市(編)・常陸太田市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
常陸太田市史 民俗編――伝説(常陸太田市(編)・常陸太田市史)
『常陸太田市史 民俗編――伝説』は、常陸太田市の市史民俗編のうち、第五章「ことばの伝承」の伝説と昔ばなしの部分である。第一節「伝説」は市域の伝説を自然的伝説・社会的伝説・歴史的人物伝説・信仰的伝説の四つに分け、国見山・赤沼・源太郎狐・十王坂・舞鶴城・義家・親鸞・徳川光圀・真弓山の天狗などの話を記す。社会的伝説には地名のいわれや塚・城跡の伝承が多く、第二節「昔ばなし」は冒頭の三話だけを収める。