加藤清正が肥後の河童九千坊を封じる
広告枠(AdSense)
どんな伝承か
肥後国八代のあたりには河童が多いが、土地の人には害をなさないという。昔、加藤清正が国主であった時、川狩りに出た際、児小姓の一人が河童に水中へ引き入れられた。清正は「我が領地で家人の命を絶つとは言語同断」と激怒し、国中の河童を一つ残さず打ち殺そうと、他所へ逃げられぬよう貴僧高僧を集めて封じさせ、川上から毒を流し、数千の焼石を淵に投げ入れ、猿を多く集めさせた。河童は湯を浴びれば力を落とし、猿を見れば立ちすくむからである。強勢の清正の下知に河童どもは酔ったようになり、頭の九千坊は大いに悲しんで、封じられた衆僧に頼み深く詫びて再三願い、ようやく赦された。以来、土地の人に害をなさぬと固く誓約し、旅人にのみ時として難があるという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
動物妖怪譚(日野巌・日野巌・動物妖怪譚・大正・昭和初期)
博物学者・日野巌の古典的妖怪研究『動物妖怪譚』の前半(總論〜多爾具久)。
種別から探す
八代市の伝承
広告枠(AdSense)