大蛇の谷から行人を救った鳩槃荼鬼
どんな伝承か
吉野の山に日蔵という行人がいたが、その師にあたる行人は吉野でもはるか奥に籠もり、昼も夜も千手陀羅尼を唱えて山を出なかった。ある時、山の南の深い谷へ篠原を分けて下りると、水に見えたのは大蛇の群れが背を並べて伏している姿だった。逃げようと篠をつかんで斜面を登るが、蛇の吐く生暖かい息に酔って倒れかけた。すると上から何者かが下りて来て腕をつかんで肩に担ぎ、坂を飛ぶように駆け上がって遠い峰に下ろした。名を問うと鳩槃荼鬼と名乗り、見れば一丈あまりの漆を塗ったように黒い鬼で、赤い髪が逆立っていたが、すぐにかき消えた。聖人は千手観音の助けだと泣いて拝んだ。
原典より
其時上人貴しこ思て目を開て見れば長一丈餘許なる鬼也。—— 動物妖怪譚(日野巌・日野巌・動物妖怪譚・1926年(大正15年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
動物妖怪譚(日野巌・日野巌・動物妖怪譚・1926年(大正15年))
『動物妖怪譚』は、日野巌が大正六年に筆を起こし、大正十一年の跋と大正十五年の再記を添えて著した伝説の動物の研究書である。鬼・天狗・河童・人魚・雪女・龍・雷獣・狐・狸・獏・鯰・猫など二十六の項目を立て、記紀や万葉集から近世の随筆までの記事を原文の引用ごと示して起源と変遷をたどり、動物学の知識で正体を考える。總論で起原・歴史的変遷・分類などを論じ、結論では迷信から科学へ近づくことを説いて閉じる。