鈴木三郎重家と鈴留川
どんな伝承か
大雨で川が増水し、立ち往生した山伏が草庵に宿を求めた。一人暮らしの若い尼僧は男性客を躊躇したが、人里離れた場所で他に宿がないため受け入れた。夜中、山伏は高熱を出して苦しみ始めた。尼僧は看病に徹し、三日三晩の介抱の末、山伏は回復する。実は山伏は源義経の家臣・鈴木三郎重家で、鎌倉殿に追われ奥州へ逃げる途中だった。重家は尼僧の恩を生涯忘れないと約束し、やがて旅立っていった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
東松山市史 資料編 第5巻(民俗編)――伝説(東松山市(編)・東松山市史)
『東松山市史 資料編 第5巻(民俗編)――伝説』は、東松山市が編んだ市史の民俗編のうち、伝説の部分を収めたものである。岩殿山の悪龍退治や比企一族の落人の話、永福寺の河童の詫証文、箭弓神社の銭絵馬、狐に化かされた話、神かくし、雪女郎など、市内の寺社・坂・沼・塚にまつわる四十六話を載せる。各話は会話を交えた語り口に書き直され、多くの話の末尾に〔 〕で由緒や文献上の注を添える。