言い違えた山伏の呪いと十九夜様
どんな伝承か
昔、箱森新田と隣の松島が村境を争った。両村の領主が宇都宮と喜連川で違うため裁きは江戸で行われ、箱森新田からは医王寺の坊さま、松島からは浄満院の山伏が出向いた。境の権現堂について問われた山伏は、緊張のあまり喜連川領の箱崎権現を箱森権現と言い違え、坊さまがすかさず箱森新田の権現だと主張して境が決まった。負けた松島で責められた山伏は、栗などを詰めた袋を体に縛りつけ、その数だけ箱森新田の子を育たなくしてやると言い残して井戸に身を投げた。その後箱森新田では疫病がはやり幼子が次々に死んだ。母親たちは十九夜の月に如意輪観音を拝み続け、医王寺に十九夜さまが建って祟りは薄れたという。
原典より
おっかさまだちは、十九夜のお月さまに手え合わせで、「南無如意輪観音大菩薩」ちて、晩方遅ぐまでおがんだんだど。—— 氏家町史 民俗編――伝説・昔話(氏家町(編)・氏家町史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
氏家町史 民俗編――伝説・昔話(氏家町(編)・氏家町史)
『氏家町史 民俗編――伝説・昔話』は、氏家町の町史民俗編のうち、第五章「くらしと言語」の第一節「伝説・昔話」と第二節「ことわざ、俗言」の初めを収めたものである。昭和七年版『氏家郷土誌』の数編と町史編さん室などが集めた話から選んだ二十七話を土地の方言の語りに直して載せ、勝山城にまつわる歴史伝説や地蔵の信仰伝説が多い。各話の末に方言を主とする語注を付け、ことわざの節では日常に使われた俗言を頭の音(あ・い・う)ごとに並べる。