中村不動尊(明王)のはなし
どんな伝承か
江戸時代、城主水谷勝隆が寛永十六年に松山への転封に際し、栃木県真岡市中村の遍照寺に祀られていた不動明王像を無理やり持ち去った。ところが松山城内で複数の人間が発狂するという怪異が相次いだ。城主がこれを重く受け止め懸念していた矢先、城内で不思議な出来事が起こり、やがて像は本来の地へ返される結果となった。この事件を機に、当地の不動明王は霊験あらたかなものとして信仰された。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
真岡市史 第5巻(民俗編)――伝説・昔話(真岡市(編)・真岡市史)
『真岡市史 第5巻(民俗編)――伝説・昔話』は、栃木県真岡市の市史民俗編から、第十四章「口頭伝承」の第一節「伝説・昔話」を収めたものである。大だら法師の足跡、釜淵の燈籠、大前堰の人柱、へび娘など、五行川・鬼怒川・小貝川の淵や沼、社寺にまつわる伝説と、タヌキやキツネに化かされた話を、既刊の民話集・伝説集と新たな採話から集める。冒頭に口頭伝承の参考文献を掲げ、各話の末尾に典拠を記し、結びの「まとめ」で話を河川・社寺・沼・動物の別に整理する。