福正院が落とした外法箱の声
どんな伝承か
約二百年前、因州鳥取の上野忠親が記した『雪窓夜話』に次の話が載る。藩の本括役木村平作が土蔵にしまった御用銀三貫目を紛失し、いくら詮索しても分からない。その頃、伯州倉吉の福正院という名誉の験僧が鳥取に来ていたので占わせたところ、何月何日に何某が盗ったと名まで言い当てた。ところがある日、急の迎えであわただしく宿を出るとき、懐から服紗に包んだ香合を落とし、その日に限って伺いが一つも当たらない。大事な外法箱を落としたのである。取り返しに戻ると、箱の中から安く返すなという声があり、結局もうけた銀を全部はたいて返してもらった。
原典より
福正院は先方に行って種々伺いを立てるが、不思議や、その日に限っていうことが一つも当たらぬ。—— 日本の憑きもの――俗信は今も生きている(石塚尊俊・1959年(昭和34年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の憑きもの――俗信は今も生きている(石塚尊俊・1959年(昭和34年))
『日本の憑きもの――俗信は今も生きている』は、石塚尊俊が昭和三十四年に著した研究書である。狐・犬神・蛇などの動物霊が人に憑くという俗信と、それを操るとされる家筋について、全国の伝承と近世以来の文書を集めて論じる。出雲・隠岐・豊後・土佐では筋の家の割合や縁組の偏りを調べ、憑きもの落としの行法や家の神とのつながりまでを七章で追っている。