大野九郎兵衛の墓
どんな伝承か
赤穂藩の家老大野九郎兵衛の墓が板谷にある。浅野家が断絶したとき、大野と大石内蔵之助は密かに密約を交わした。上杉綱勝に後継者がなく、吉良上野介の長子が上杉綱憲として米沢藩主となっていたため、万一大石らが旗上げをすれば吉良は米沢へ逃れるだろうと考えられたからである。大野は自ら悪者となって藩を離れ、数名の部下と米沢へ入る道中の要所板谷に密かに陣を取った。元禄十四年に大石らが本懐を遂げると、大野は自分たちの仕事も終わったとして板谷で切腹した。村人は上杉家をはばかって密かに遺骨を埋葬し、明和六年に石を立てた。碑面には南無阿弥陀仏とだけ彫られている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
米沢市史 民俗編――伝説(米沢市(編)・米沢市史・自治体史(民俗))
『米沢市史 民俗編』第八章口承文芸所収の伝説。山形県米沢市に伝わる鳥獣草木・山川湖沼・地蔵社寺の伝説を採録する。