折れた借り刀と正太夫の幽霊
どんな伝承か
七月二十二日、陰山正太夫は兄が秘蔵する刀を借りて平太郎の家に詰めていた。前夜の女の首が台所から現れて飛びかかると、正太夫は名刀で真っ二つに斬ったが、首は二つになってもなお迫り、もう一度斬りつけると火花が散って刀が折れた。よく見れば首と見えたのは台所の石臼であった。兄の刀を折っては生きていられないと、正太夫はその場で腹を切って果てる。疑いを恐れた平太郎も切腹しかけたとき、陰火が燃え上がって正太夫の幽霊が現れ恨みを述べた。平太郎は幽霊を膝に抱き上げて道理を説き、夜明けに幽霊が消えると、刀も血の跡もなく書置だけが残っていたという。
原典より
平太郎これはと思ひよくよく見れば、首と見えしは臺所に有し石臼なり。—— 日本の幽霊たち ― 怨念の系譜(阿部正路) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の幽霊たち ― 怨念の系譜(阿部正路)
『日本の幽霊たち――怨念の系譜』は、阿部正路が書きおろした日本文学の幽霊論で、刊行は日貿出版社が手がけた。『竹取物語』『源氏物語』『平家物語』などの物語、『日本霊異記』から『遠野物語』『聴耳草紙』に至る説話、能と歌舞伎、さらに三遊亭円朝・泉鏡花・森鴎外・小泉八雲らの近代の作品に現れる幽霊をたどり、怨念の系譜として読み解く。第一章で幽霊の時・季節・姿・場・目的を論じ、終章で稲生屋敷の物怪や百鬼夜行など幽霊の周辺に及ぶ。