膝まで落ちかかる座敷の天井
どんな伝承か
七月十九日、稲生屋敷の座敷の天井がまたもや落ちかかってきた。平太郎の頭は天井を突き抜け、行灯も抜け出して、天井裏の鼠の糞や蜘蛛の巣、古藁や煤で真っ黒なさまがありありと見えた。天井は膝の上まで下りてきたが、平太郎が少しも構わずにいると、しだいに上がって元に戻り、抜けたはずの所には穴も跡もなかった。ふと見上げると、いつの間にか大きな蜂の巣ができてどんどん増え、蟹のように泡を吹き黄色い水を吐いたが、悠然と眺めているうちにこれも消えて元の天井になったという。
原典より
天井は平太郎が膝の上迄落たりけれど、一圓かまはず捨置たりければ、しばらくして、天井は次第にあがりて、つひに元の如くになりける。—— 日本の幽霊たち ― 怨念の系譜(阿部正路) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の幽霊たち ― 怨念の系譜(阿部正路)
『日本の幽霊たち――怨念の系譜』は、阿部正路が書きおろした日本文学の幽霊論で、刊行は日貿出版社が手がけた。『竹取物語』『源氏物語』『平家物語』などの物語、『日本霊異記』から『遠野物語』『聴耳草紙』に至る説話、能と歌舞伎、さらに三遊亭円朝・泉鏡花・森鴎外・小泉八雲らの近代の作品に現れる幽霊をたどり、怨念の系譜として読み解く。第一章で幽霊の時・季節・姿・場・目的を論じ、終章で稲生屋敷の物怪や百鬼夜行など幽霊の周辺に及ぶ。