近づくと消える信州の帚木
どんな伝承か
「帚木」の巻には、嫉妬から男の指に噛みつく女や、なまめいた木枯の女が出てくるが、著者が何より惹かれるのはその巻名である。巻末で光源氏と空蝉が交わす歌は、帚木の正体も知らずに園原の道に迷ったと詠み、取るに足らない伏屋に生えるという名のつらさに、帚木のように消えたいと返す。帚木は信州の園原、あるいは伏屋という所の森に生えるとされる木で、遠くからは帚を立てたように見えるのに、近づくと消えてしまうと伝わる奇木である。著者はこれを「幽霊の正体見たり枯尾花」のちょうど逆の像だとし、物語の初めにこの木を置いたことが、源氏物語が怪異譚を含むことの暗示だったと見る。
原典より
この不思議な帚木こそ、「幽霊の正体見たり枯尾花」のまさに逆のイメージだということができるだろう。—— 日本の幽霊たち ― 怨念の系譜(阿部正路) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の幽霊たち ― 怨念の系譜(阿部正路)
『日本の幽霊たち――怨念の系譜』は、阿部正路が書きおろした日本文学の幽霊論で、刊行は日貿出版社が手がけた。『竹取物語』『源氏物語』『平家物語』などの物語、『日本霊異記』から『遠野物語』『聴耳草紙』に至る説話、能と歌舞伎、さらに三遊亭円朝・泉鏡花・森鴎外・小泉八雲らの近代の作品に現れる幽霊をたどり、怨念の系譜として読み解く。第一章で幽霊の時・季節・姿・場・目的を論じ、終章で稲生屋敷の物怪や百鬼夜行など幽霊の周辺に及ぶ。