山の神の日の神隠し
どんな伝承か
奥名郷では、十七日を山の神の日として祀る。この日に祀りを怠った家の子どもが、七日間姿を隠されたことがあった。出てきたとき、何を食べていたのか少しもやせていなかったという。また、木挽きの女房が子を連れて米をとぎに出たまま行方知れずになり、十六日目に見つかった。人々がすぐそばまで捜しに来たが、そばにいる何者かに黙っていろと言われ、六度も黙ってやり過ごしたと話したという。
原典より
十七日に祭らなかった家の子どもが、七日間かくされた。—— 群馬県多野郡上野村の民俗 上――俗信・山の怪異(群馬県民俗調査報告書 第2集・群馬県民俗調査報告書) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
群馬県多野郡上野村の民俗 上――俗信・山の怪異(群馬県民俗調査報告書 第2集・群馬県民俗調査報告書)
『群馬県多野郡上野村の民俗 上――俗信・山の怪異』は、上野村で行われた民俗調査の報告のうち、聞書と俗信の部分を収めたものである。川和・住居附・野栗・奥名郷・勝山・野栗沢などで聞いた講、病気の呪い、雨乞い、禁忌と兆、山の神とオコジョ、オサキや狐つき、狐やむじなに化かされた話、一ツ目入道や山姥を、話者や部落名を添えて記す。上野勇の聞書と、昭和二十三年に東部の部落を調べた関口正の報告が入り、井田安雄の「乙父の民俗」は書き出しだけが載る。