甲冑を埋めたと伝わるオツカサマ
どんな伝承か
九之坪の字松馬場には、織田信長に仕えた武市四郎左衛門の屋敷があったと伝えられる。その死後、遺骸とともに甲冑まで納めたという墓が、県道名古屋江南線と通称野崎道の交わる角の北東側に残り、近所の人はこれをオツカサマと呼んでいた。墓を汚せば祟りがあるといわれ、誰も手を触れなかった。のちに道路を広げる工事で取り壊されたが、掘っても何一つ出てこなかったという。今は西浦神明社に合わせ祀られている。
原典より
字松馬場には、織田信長に仕えた武市四郎左衛門の屋敷があったと伝えられる。—— 西春町史 民俗編2――霊と神・祈禱・怪異(西春町(編)・西春町史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
西春町史 民俗編2――霊と神・祈禱・怪異(西春町(編)・西春町史)
『西春町史 民俗編2――霊と神・祈禱・怪異』は、西春町が編んだ町史の民俗編である。九之坪・岡・沖村・石橋など町内の各ムラに残る御嶽山や塚、堂、小祠、石塔、家の神、祈禱師、祈願と参詣、霊威と祟り、狐や狸の怪異と憑きものを、聞き書きと『徇行記』や村絵図などの記録から記す。霊と神、祈願と参詣、霊威と怪異の三節に続けて、第十二章の伝説の節を大字ごとの十九項に分けて並べ、五条川の大蛇の目撃談で結ぶ。