山奥へ追われた没落者たち
広告枠(AdSense)
どんな伝承か
13世紀中盤から幡多を支配していた名門・一条家は、兼定の代に衰退し、天正3年(1575年)に長宗我部元親に滅ぼされた。旧領奪回を目指す一条家の残存勢力は豊後の大友家を頼りとしたが、新しい支配者によって追い詰められていったとみられる。山奥へ逃げ込んだ没落者たちの足跡に関わる伝説と思われるが、本文が途中で切れている。
原典より
一三世紀の中頃から、荘園として、あるいは直接に、幡多を統治してきた名門一条家も、兼定の時代になって衰え、天正三年(一五七五) 長宗我部元親によって打倒された。—— 出雲の迷信(速水保孝・速水保孝・憑きもの研究・昭和(1970年代)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
出雲の迷信(速水保孝・速水保孝・憑きもの研究・昭和(1970年代))
速水保孝『出雲の迷信』。自ら狐持ちの家に生まれた著者が、出雲・隠岐・伯耆の狐持ち迷信を、家筋の系譜・近世史料・社会経済史の観点から徹底的に解明した憑きもの研究の集大成。第一章では自家が狐持ちとされた悲しみ・隔地心中事件・叔母の嫁入り口の差別を語り、第二章で憑き・狐憑き患者・人狐と狐持ち・おさき・くだ・いづな・とうびょうを概観する。第三章では犬神統の部落・上馬荷の人々・犬神使いの歴史・四国と豊後の犬神を追う。
種別から探す
黒潮町の伝承
広告枠(AdSense)