弘法大師が水を封じた村の掘り抜き井戸
どんな伝承か
橋立町は昔から飲み水も田の用水もなく、夏には川の合流点まで毎朝水を汲みに行かねばならなかった。汚れた水のために赤痢などが毎年はやり、多い年には二十人もの命が失われた。区長の山口孝雅は井戸を掘ろうと説いたが、区民はなかなか応じなかった。昔、弘法大師が水を一杯求めたとき、意地の悪い女が忙しいと断ったので大師が怒って水を封じてしまい、この地には水が出ないと固く信じられていたからである。そこで孝雅が徳島の掘り抜き技師新児幸吉を招いて浄法寺の境内を掘らせると、深さ十五から二十メートルで清水がわき出た。以後疫病は絶え、明治二十五年六月に功をたたえる碑が浄法寺に建てられた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
鯖江市史 史料編 第1巻(民俗編)――伝説(鯖江市(編)・鯖江市史)
『鯖江市史 史料編 第1巻(民俗編)――伝説』は、福井県鯖江市の市史のうち、史料編第一巻の民俗編にあたる巻である。市内の各町に伝わる伝説を、町名を添えて収め、泰澄・親鸞・弁慶にまつわる木や岩、山姥やてんぐ、たたりのある一本杉、地名の由来を記す古文書の写しなどを載せる。自然物・岩石・動物・家屋敷・城跡・道・橋・寺院・塚墓・人物・事件の項に分け、後半には昔話・笑い話・果なし話と田植え唄などの民謡を置く。