満五十六歳七か月のみろく大祭
どんな伝承か
一九二八年三月三日、王仁三郎は綾部の五六七殿でみろく大祭を執り行った。仏典は、世の始まりから五十六億七千万年を経て救世主の弥勒菩薩が下生すると説く。この日で王仁三郎が満五十六歳七か月を迎えることから選ばれた祭りで、王仁三郎は自らがみろくの化身、救世主であると内外に示した。祭典では至聖殿に上って自ら先達となり神言を奏上し、終わると自作の歌を朗々と吟じた。さらに神饌の盛り物から、自分はリンゴ三個を取り、すみに大大根と頭イモ、出口家の人々に大根と頭イモ、総務に頭イモを一つずつ配った。のちの裁判で問題にされる所作である。
原典より
王仁三郎は、みろく大祭はみろくの神が高天原に下生するときであるとし、自己がみろくの化身であり、救世主であることを教団内外に表明した。—— 出口王仁三郎(村上重良・村上重良・近代民衆宗教史・1973年(昭和48年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
出口王仁三郎(村上重良・村上重良・近代民衆宗教史・1973年(昭和48年))
『出口王仁三郎』は、村上重良が昭和四十八年に著した大本教の指導者出口王仁三郎の評伝である。丹波穴太村の小作農の家に生まれた上田喜三郎の生い立ちと修行から、出口直との出会いと大本教の拡大、大正維新と不敬事件、『霊界物語』の口述や入蒙、昭和神聖会と大弾圧、法廷での闘い、晩年までをたどる。「故山の夢」「道の大本」「人類愛善」の三章に分けて叙述し、巻末に略年譜と参考文献を付す。