懐に五銭で京都へ遊学
どんな伝承か
布教の旅を重ねていた王仁三郎は、神職の資格を得て時節を待とうと考え、京都の一条烏丸に置かれた皇典講究所の分所に第一期生として入った。綾部で妻子に別れを告げたとき、懐にはわずか五銭しかなかった。途中まで見送ってきた娘のあさのとうめのに二銭で菓子を買ってやり、残る三銭だけで京都へ旅立ったという。三十六歳で妻子のある身ながら、木綿の着物に小倉の袴をつけて熱心に学び、翌年三月にかなりの好成績で卒業した。
原典より
王仁三郎は、綾部で妻子に別れを告げ、わずか五銭を懐中に京都へ向かったが、…—— 出口王仁三郎(村上重良・村上重良・近代民衆宗教史・1973年(昭和48年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
出口王仁三郎(村上重良・村上重良・近代民衆宗教史・1973年(昭和48年))
『出口王仁三郎』は、村上重良が昭和四十八年に著した大本教の指導者出口王仁三郎の評伝である。丹波穴太村の小作農の家に生まれた上田喜三郎の生い立ちと修行から、出口直との出会いと大本教の拡大、大正維新と不敬事件、『霊界物語』の口述や入蒙、昭和神聖会と大弾圧、法廷での闘い、晩年までをたどる。「故山の夢」「道の大本」「人類愛善」の三章に分けて叙述し、巻末に略年譜と参考文献を付す。