炎を噴いた妙見寺の板碑
どんな伝承か
平将門は戦のさなかも妙見菩薩を信じ、そのおかげで危ういところを助かったと語られる。一族の墓所である神子女の台地から丑寅の方角に妙見寺があり、境内には大きな板碑が立っていた。天保のころ、江戸の旗本が庭石によいと人夫を雇って運び出そうとしたところ、板碑からにわかに炎が噴き出し、一同は驚いて投げ出し逃げ帰ったという。以来この石は炎石と呼ばれ、人知れず縄をかければ病が治るというので縄かけ石とも呼ばれ、信仰されるようになった。
原典より
将門は、戦乱中も妙見菩薩を信仰していました。—— 日本伝説大系 第4巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第4巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第4巻』は、日本の伝説を話型ごとに集成した叢書『日本伝説大系』の一冊である。茨城・栃木・群馬の三県に伝わる伝説を、男体・赤城の神争いや榛名湖の入水譚、平将門・源義家・親鸞・弘法大師などの事跡、河童・竜宮・長者・石・姥捨・九十九谷などの話型ごとに収める。各項は代表となる伝承地の話を掲げ、〔類話〕に各地の聞き書きを伝承者名や出典とともに並べ、〔文献〕に縁起・地誌などの古記録を抄出し、柳田・高木による話型名を添える。