杭瀬川に身を投げた夜叉御前
どんな伝承か
岐阜県大垣市赤坂町の伝え。青墓の長者大炊兼遠の娘延寿は源義朝の妾であったが、その子夜叉御前は久安六年に生まれ、ちょうど十一歳の時、平治の乱に敗れた源氏の末路を嘆き悲しみ、永暦元年二月十一日の夜中に杭瀬川に入水して死んだ。その時、夜叉御前の魂が川を遡って宿った池が夜叉ヶ池であるという。一説には、安八郡神戸町の祭りの由来にある安次伝兵衛の八女夜叉姫が、嵯峨天皇の弘仁八年の大旱魃のときに雨を降らせた蛇の化身に連れられて夜叉ヶ池に入ったとも伝えられ、後者の方が一般的である。『赤坂町史』に載る。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第7巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第7巻』は、愛知・静岡・岐阜・長野の四県の伝説を集めた伝説資料集の一巻である。笠寺観音や日本武尊から天狗・山姥・八百比丘尼・夜叉ヶ池、石や池や塚の由来、白米城・一夜山まで九十七の項目を立て、口承を中心とする伝承を収める。各項目は伝承地を明記した例話を冒頭に置き、『日本伝説名彙』などの対応する題名を添えたうえで、〔類話〕〔参考〕〔文献〕を続けて近世以前の記録の原文まで示す。