千原・河守の名を生んだ土ぐも退治
どんな伝承か
この一帯には土ぐもと呼ばれる賊がいて、日子坐王すなわち麿子親王がこれを討ったという。戦は激しく、双方の血で土地が血の原と化したことから千原の名が生まれた。川下からは得玉命も追い迫り、逃げ場を失った土ぐもは川を渡ろうとしたが、王の軍勢は楯を並べて渡河を防いだ。その場所が川守、今の河守であり、楯を連ねた地はたて原、今の蓼原になったとされる。賊が川下へ流れ去ると一艘の舟が現れ、日子はそれに乗って由良まで追った。小石を拾って占うと相手は与謝の大山へ登ったと出た。その地を石占といい、今は石浦と書く。舟を祀ったのが舟戸神社である。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第8巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第8巻』は、黄地百合子・酒向伸行・田中久夫が滋賀・京都・兵庫の三府県を分担して執筆し、福田晃がまとめた伝説集である。丹波の湖を神々が切り開いた国造りの話、神同士の争い、英雄や長者の盛衰、蛇と人の話、魚・鳥・石・塚・祠堂の由来などを、各地の口承や記載資料から集める。第一部「文化叙事伝説」と第二部「自然説明伝説」に分け、各話を例話・類話・文献・参考の順に並べ、高木敏雄・柳田国男の対応する話名を付す。