麿子親王が勧請したと伝える内宮
どんな伝承か
『丹後州宮津府志』の記す内宮。鎮座の年歴は詳らかでないが、一説には用明帝の時に皇子麿子親王が勧請したものという。神社啓蒙などは河守の外宮を与佐宮とし、今の祠を内宮と呼ぶのは近代の俗称だとするが、それはかえって誤りだとする。天橋記には、今の内宮と外宮はいずれも麿子親王が丹後の凶賊を征伐した折に勧請したもので、内宮と外宮の間には公庄・金屋という地名があり、これは親王の家臣の姓が残って地名になったのだと記されている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第8巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第8巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全133話(滋賀・京都・兵庫=近畿)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。