勘兵衛が信州から迎えた後峯のお諏訪さま
どんな伝承か
峯の八幡宮の境内にある諏訪社は、もと後峯の諏訪山にあり、明治四十年に移された。伝えでは、信州諏訪から移り住んだ勘兵衛が寛文九年に諏訪大社から神を迎えて自分の山に祀ったのが始まりで、そこから土地の人はその山を諏訪山と呼ぶようになった。勘兵衛の家は早くに絶えたが墓は残る。長く勘兵衛一族が氏神のように祀ったが、明治十九年七月二十八日の祭りからは部落の祭礼となり、賽銭が寄進を上回るほど参詣人でにぎわった。家が絶えてからは野口隆三郎家が山と屋敷を引き受けて祀りの中心となった。今は諏訪山にも祀り、腹の病に効くお産の神として信仰されている。
原典より
現在、峯の八幡宮の境内に祀られている諏訪社は、もと後峯のスワヤマ(諏訪山)にあったのであるが、明治四〇年に移されたものである。—— 川口市史 民俗編――伝説(川口市(編)・川口市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
川口市史 民俗編――伝説(川口市(編)・川口市史)
『川口市史 民俗編――伝説』は、川口市が編んだ市史民俗編のうち、第四章「伝説」を収めたものである。六兵塚や首塚などの塚、山・池沼・樹木にまつわる話、八百比丘尼の椿、神社・地蔵・観音・薬師の霊験、地名の由来、正月の餅を搗かない家例や蛇まつり、川口の鋳物の始まりなどを、地内の地名や家名とともに記す。自然伝説、信仰伝説、歴史伝説の三節に分け、節の中を塚・山・池沼などの項に立てる。