馬籠宿に次々と降った諏訪社のお札
どんな伝承か
南山大学生小川桂祐の案内で、著者は長野県木曽郡山口村字馬籠(旧木曽路馬籠宿、現・岐阜県中津川市馬籠)を訪れた。藤村記念館では、馬籠宿本陣の当主大脇兵右衛門信興が書き残した「大黒屋日記」の実物を目にした。同日記によれば、慶応三年十月十一日には馬籠の北方三留野宿の山田屋などへ神札が天降り、同月二十八日にはついに馬籠宿でも御札様が降り始めたと記されている。
原典より
氏神諏訪社宮守御札、あら(荒)町のお宮へ御下り被遊侯。—— 日本神異見聞伝(笠井鎮夫・1974年(昭和49年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本神異見聞伝(笠井鎮夫・1974年(昭和49年))
『日本神異見聞伝』は、笠井鎮夫が昭和四十九年に著した霊異の見聞記である。第一篇では、大正期に大本で鎮魂帰神を受けた著者が、霊媒による死者の招霊や狐霊・竜神の託宣、霊石の発掘などを研究会での語りの口調で伝える。第二篇では、慶応三年のええじゃないかのころ尾張・遠江・駿河・美濃・丹後などで起きたお札降りを、旧家の古文書や郷土史家の便り、著者の現地調査から記録している。