太霊道の霊子作用実験写真
どんな伝承か
明治末から大正初めにかけて、物理的な現象を伴う心霊術「太霊道」が神秘好きの人々の目を引いた。創始者の田中守平は、岐阜県の恵那岳、別名舟伏山で修行して道術を身につけたと称していた。田中はときどき新聞一ページ分もの大きな宣伝広告を出して世間を驚かせ、そこには精神の力で物を動かすという霊子作用の実験写真まで載っていた。学生だった著者は強く興味をそそられたが、入門料が二十円ほどと高く、手が出なかったという。
原典より
その広告には、精神力で物体を動かす「霊子作用」の実験写真なども出ていて、大いに私の好奇心をそそりました。—— 日本神異見聞伝(笠井鎮夫・1974年(昭和49年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本神異見聞伝(笠井鎮夫・1974年(昭和49年))
『日本神異見聞伝』は、笠井鎮夫が昭和四十九年に著した霊異の見聞記である。第一篇では、大正期に大本で鎮魂帰神を受けた著者が、霊媒による死者の招霊や狐霊・竜神の託宣、霊石の発掘などを研究会での語りの口調で伝える。第二篇では、慶応三年のええじゃないかのころ尾張・遠江・駿河・美濃・丹後などで起きたお札降りを、旧家の古文書や郷土史家の便り、著者の現地調査から記録している。