東濃の村々へ降った神札
どんな伝承か
慶応三年、諸国に伊勢や諸社の大麻が降ったと騒がれ、人々は酒をふるまわれて練り歩き、社々をめぐったという。東濃でも同じ年の九月にまず明知の村へ神札が降り、十月二日と三日には岩村、下旬になると大井・東野・中津川の村々にも及んだ。これを書き留めたのは飯沼村の庄屋吉村氏の日記で、飯沼は今の地名でいえば中津川市の阿木にあたる。日記帳は笠置町の山本喜兵衛が持っていたという。恵那市に住む安江赴夫の著書からの抜き書きとして、村人の手紙で著者に届けられた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本神異見聞伝(笠井鎮夫・1974年(昭和49年))
『日本神異見聞伝』は、笠井鎮夫が昭和四十九年に著した霊異の見聞記である。第一篇では、大正期に大本で鎮魂帰神を受けた著者が、霊媒による死者の招霊や狐霊・竜神の託宣、霊石の発掘などを研究会での語りの口調で伝える。第二篇では、慶応三年のええじゃないかのころ尾張・遠江・駿河・美濃・丹後などで起きたお札降りを、旧家の古文書や郷土史家の便り、著者の現地調査から記録している。