生地に建てた太霊道大本院の全焼
どんな伝承か
救国救世のために太霊道を広めるという大志に燃えた田中守平は、才に任せて次々と構想を膨らませた。英才教育のための太霊道中学の開設、太霊道精神病院の建設、新しい雑誌の創刊などである。故郷の恩人となりつつあった彼は、さらなる飛躍を目指して生まれた土地に大本院を建てたが、思いがけない事故でそれがすっかり焼け落ちてしまった。順調に見えた守平の前途を阻む大事件であり、ここから太霊道は内憂外患の時期へと向かっていく。
原典より
今や故郷の恩人になりつつあった彼は、一層の飛躍をめざして、生地に大本院を建立したのであるが、不測の事故によって全焼してしまったのである。—— 霊術家の饗宴(井村宏次・井村宏次・霊術研究・1983年(昭和58年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
霊術家の饗宴(井村宏次・井村宏次・霊術研究・1983年(昭和58年))
『霊術家の饗宴』は、井村宏次が一九八三年に著した近代日本の霊術家の歴史である。明治から昭和初めにかけて、気合術・催眠術・霊子術などで民衆の病や苦しみを救おうとした霊術家たちの運動を、当時の新聞記事や刊行物、関係者の家族への取材をもとにたどる。プロローグと六章、エピローグからなり、浜口熊嶽、桑原天然、福来友吉と千里眼事件、太霊道の田中守平を章ごとに取りあげ、霊術ブームと取締法による衰退までを描く。