大井駅から武並村へ太霊道の凱旋行列
どんな伝承か
大正九年七月三一日、中央線の大井駅前広場は数万といわれる群衆で埋めつくされていた。午後三時、塩尻ゆきの列車の特別仕立ての二等車から降りたったのは、白の法服もおごそかな金冠白袍の異形の男たちであった。太霊道の凱旋である。先頭を歩む小柄で全身に活力をみなぎらせた人物こそ開祖の田中守平であった。折しも雨が降りはじめると、霊法で雨を降らせたのだ、大本院では祈っているという囁きが広がった。夜、赤地に錦の道旗を先導に、霊宮輿と白衣の神官の行列は五里先の守平の故郷武並村に建立された太霊道大本院をめざした。山門に着くと花火が上がり、六層の霊華殿が探照燈に浮かびあがった。
原典より
めざすはここより先五里、守平の故郷、武並村にこのたび建立なった太霊道大本院であった。—— 霊術家の饗宴(井村宏次・井村宏次・霊術研究・1983年(昭和58年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
霊術家の饗宴(井村宏次・井村宏次・霊術研究・1983年(昭和58年))
『霊術家の饗宴』は、井村宏次が一九八三年に著した近代日本の霊術家の歴史である。明治から昭和初めにかけて、気合術・催眠術・霊子術などで民衆の病や苦しみを救おうとした霊術家たちの運動を、当時の新聞記事や刊行物、関係者の家族への取材をもとにたどる。プロローグと六章、エピローグからなり、浜口熊嶽、桑原天然、福来友吉と千里眼事件、太霊道の田中守平を章ごとに取りあげ、霊術ブームと取締法による衰退までを描く。